【深圳ポータブルオーディオレポート】中国がヘッドフォン/ポータブルオーディオカテゴリの重要なポジションを得た経緯
こちらの記事は、 PHILE WEB/PREMIUM HEADPHONE GUIDEへの寄稿記事『中国のポータブルオーディオ展示会「深セン国際ヘッドホン展2026」をレポート!』 の前半部分、「かつてのポータブルオーディオの発信地とは?」の内容をさらに詳しく解説したものです。元記事も併せてお読みいただければ幸いです。 今回深圳国際耳机展が開催された深圳は珠江デルタ地域には数多くの製造メーカーが集まっていますが、そもそもそのきっかけは中国の改革開放政策、海外の資本や技術を積極的に取り入れるべく1980年、中国南東部の沿海部に「経済特区」(深圳、珠海、汕頭、厦門、海南島)が設けられたことに始まります。人口約3万人規模のひなびた農漁村、香港との境界に位置する辺境の町だった深圳はこれを境に急速に変貌していきます。 コスト抑制の受け皿からシーンの中心へ 1980年代から90年代にかけ、当時人件費上昇が進み海外に安価な労働力を求めていた日米欧、台湾の大手家電/音響メーカーがこの経済特区に工場を進出。四川省や湖南省から集まった若く豊富な労働者がこの経済特区を支える大きな原動力となります。当初は現地法人工場の作業員として、企業としても受託製造(OEM/ODM)からのスタートでしたが、これにより少しずつ技術の蓄積を進めると同時に、あらゆる部品が即座に手に入るエコシステムと巨大なサプライチェーンが中国国内に形成さることとなりました。 2004年の深圳。現在からするとまだ少し垢抜けない感じもありますが、この時期は行くたびに街並みがどんどん変わっていきました。 世界最大の電気街として知られる中国広東省深圳市、華強北にある「華強電子世界」。元々三洋電機と中国企業華強集団が合弁で設立した工場の跡地である建物が1998年、中国最大級の超大型電脳ビル・電子製品取引センターに。 1号館と2号館、6層からなる広大な敷地にはありとあらゆる電子部品やPC、デジタルガジェット系の製品が。 中国がWTO(世界貿易機関)に加盟する2000年代になると下請けをしていた現地エンジニアや実業家が起業して独自ブランドを立ち上げるようになります。蓄積した設計製造技術ノウハウに加え、その頃既に整っていた国内サプライチェーンのおかげでハード面では製品化が可能でしたが、使い勝手やデザインなどソフト面ではまだ成熟しておらず、国内...